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muji . 2006.05 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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  野月球日。野球世界一決定戦で日本が1位になった。ということは、日本の野球選手育成システムがよかったのか。あのウルサイ応援も、親子でもプロはアマチュアを教えていけないという、他の分野から考えれば限りなく馬鹿に近いオキテや、高野連のじじいどもの矛盾や、春夏に朝から全国が高校生の野球に夢中になる怪奇現象も、すべてこれで良かったのか。でもなあ、やはり「にもかかわらず」はあるよな。どういう環境の中でも自分を伸ばした選手たちが偉いのだ。運もある。イチローだって監督が土井のままだったら未だにオリックスの二軍かもしれないぞ。これはぞっとする。

神月津日。神津善行さんは、高校と大学が同窓の唯一の貴重な先輩だ。その音楽教室で、府中、佐久、つくばと3カ所に参加した。年に6回の講座で、今回は卒業式なのでその余興だ。神津さんの1時間ほどの話が毎回違っていて面白い。内輪話もスリリングで、たとえば小澤征爾とN響がなぜ喧嘩をしたかなど、クラリネットの運指もからむ真相が初めて分かったりする。これは教室に行かないと聞けない話なので、ここでこれ以上書くわけにはいかないが。

小月室日。那須野が原ハーモニーホールで小室等さんがやっているシリーズに客演。ソロピアノの後、デュオで「世界は日の出を待っている」、武満徹作「明日は晴れかな、曇りかな」、「オーバー・ザ・レインボウ」を共演。小室さんは谷川賢作さん(p)とジャズスタンダードを日本語で歌うアルバムを作っている。以前に知人からウイリー・ネルソンという米国のカントリー歌手が「スターダスト」などスタンダードを歌ったアルバムを作ったと教えてもらったことがあったので、そのことを聞くと小室さんはご存じなかった。同じことが関係なく起きることはある。小室さんは自分のセットの最後に「木枯らし紋次郎」の主題歌を歌ってくれたが、これは懐かしかったなあ。

追月悼日。オペラシティで本田竹広追悼コンサート。出演はあいうえお順に五十嵐一生(tp)、板橋文夫(p)、今村祐司(perc)、大口純一郎(p)、グレッグ・リー(eb)、鈴木勲(b)、鈴木良雄(b)、東郷輝久(vo)、橋本信二(eg)、福村博(tb)、本田珠也(ds)、峰厚介(ts,ss)、宮崎イカキン健(eg)、村上寛(ds)、山下洋輔(p)、吉沢はじめ(kb)、渡辺貞夫(as)。出番は、本田竹広の父上が作曲して本田もレパートリーにしていた宮古高校校歌をまず珠也とデュオでやる。その後は、珠也、チンさん(鈴木良雄)とで渡辺貞夫カルテットとなった。「ステラ・バイ・スターライト」でスタート。興奮しまくって、2曲目のバラード「Memorias」のバックでコードをロスト。貞夫さんは人さし指を一本上げてもうワンコーラスの合図を出してカバーしてくれる。切腹! その後、福村、峰、今村参加して「Maji」で盛り上がり、コンサートの最後は貞夫さんのソロバラードで終わった。打ち上げは、西新宿の「白龍」。ジャズ好きのご主人のせいで店の中に、ヴィンテージのべーゼンドルファーのフルコンがあるという凄い光景だ。これは助からないと、早々に飲んでピアノに向かい、本田チコ(vo)と上野尊子(vo)両先輩の伴奏をさせていただく。お二人はスキャットバトルで盛り上がる。そのあと板橋文夫と大口純一郎がピアノを弾き、梶原まり子が歌い、やがて峰厚介がサックスをとり出して吹き始め、鈴木良雄がスキャットでうなりまくり、橋本信二がギターを弾きまくるという極上打ち上げ状態が出現したところで退出した。その後、本田君の妹さんが素晴らしいピアノを披露したと聞いて後悔。

オー月ネット日。文化村オーチャードホールでオーネット・コールマン公演に参加。デナード・コールマン(ds)、トニー・ファランガ(b)、グレッグ・コーエン(b)のカルテットが本番通りにやるリハーサルを1時間以上聴く。全然飽きないのが不思議だ。やがて紹介される。最初は前座だけという話だったが、話すうちに「何をやりたい」「入れる易しいものを」「では『ターンアラウンド』を」という会話で、その曲を練習した。その後、歌手のマリ・オークボさん入りの曲もやり、自分のソロパートの練習を終わって待機していると、「本編でもう一曲『ソングX』とアンコールの『ロンリー・ウーマン』も一緒にやれ」というお達しが届いた。いやあ、興奮しました。「ロンリー・ウーマン」はやったことがあるが、「ソングX」は初めてなので、持参のCDを控室で聴き返してピアノで探って準備をした。共演ステージはどこか故郷に帰った心地がして、思う存分やらせてもらった。2日目の東京芸術劇場では、演奏中、オーネットがこちらを向いてにやりとするのが見えた。スタンディング・オベーションの観客に向かって手をとって掲げてくれるということも起きた。夢を見ているのではないかという言葉を実感した瞬間だ。いやあ、同じ月に渡辺貞夫、オーネット・コールマンと続けて共演している。何と数奇なありがたい運命だろう。オーネットツアーはこれから札幌、大阪と続く。



「CDジャーナル」2006年5月号掲載
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