10月号イラスト
イラストレーション:火取ユーゴ

山下洋輔の文字化け日記

第104回 2010.10月

余計月お世話日。高校球児やスポーツ選手が世の中に「元気を与えたい」だの「感動を与えたい」と言うのは、おかしくねーですか。傲慢でねーですか? 余計なお世話ですかね。
 ブーニン・ガラを終って、ほっと出来るかと思ったら、ひと月後にはガーシュインの「Conterto In F」がある。相変わらず生きた心地がしない日々が待っていた。その間に遭遇するジャズの現場はこの上なく心地よい救いと原点の時間だ。

仙月川日。調布市のせんがわ劇場で、田中泯(舞踏)、梅津和時(as)と共演。何の打ち合わせもなしで45分間の即興パフォーマンスを完遂。泯さんはセシル・テイラー先生の長年の友人だし、梅津氏とはもう30年以上のつき合いだから何の心配もない。後味は最高。プロデューサーの巻上公一氏が言うには総合プロデューサーにドイツ人のペーター・ゲスナー氏がいるおかげで、この独自のフェスティバルが毎年実現しているという。平岡正明夫人が現れてくださった。

名古屋月芸大日。名古屋芸大で前期の特別授業。「ジャズの拡がり」というテーマで一人で喋りまくる。デビューアルバムに曲を提供した高校生サックス奏者寺久保エレナのCD「North Bird」から「It's You Or No One」を最初に聴いてもらう。超高速テンポのこのアドリブでエレナの凄さがすぐに伝わる。ニューヨーク録音でも、まずこの曲をカマしてケニー・バロンやクリスチャン・マクブライドを納得させたという王道手段だ。それからフュージョン的なものもあるエレナ・オリジナルも聴かせて、ジャズの多様性というテーマに入って行った。酒や食事の伴奏から、聴いたら酒が喉から飛び出す超現代音楽まで、ジャズのレンジは広いというのがおれの主張だ。やがてシンフォニー・オーケストラとジャズの交流の話から自作のピアノ協奏曲解説という我田引水技に引きずり込んだ。これはもうアリジコク技でいつまでも続けられるが、時間制限によってゴング。

松井月守男日。レジオンドヌール勲章受章の画家松井守男がようやく故郷の豊橋に迎えられた。豊橋市美術博物館の松井守男回顧展オープニング・イベントにかけつける。1965年、お互い23歳の初対面から「君は絵に命を懸けるんだね、ぼくもジャズに命を懸けるよ」と誓い合って夕日の多摩川土手を一緒に走った仲(←嘘)だが、こうして45年後にも同じような気持ちで会えるのは嬉しい。マツイはコルシカ島と長崎の久賀島の両方に住んで絵を描きまくる日々だが今回完成させた「ノーモア長崎」は特に凄い。縦2.15メートル、横10メートル。マツイでありながら、一歩それを越えた色彩感覚と構図とタッチに圧倒される。この絵は長崎の原爆資料館でも展示され、国連のハン事務総長も鑑賞した。パリのアトリエにおれが転がり込んでいた80年代の作品も勢ぞろいしていた。どの時代の作品も本当に素晴らしい。本号が出る頃には残念ながら展覧会は終っている。どうしても見たい方は山下のアルバム「Canvas In Quiet」と「Canvas In Vigor」を手に取ってください。マツイの絵がジャケットや中身に使われている、レジオンドヌール勲章受章の画家の絵をジャケットに使った音楽家が他にいるか、といつも自慢する。

岡林月信康日。岡林信康が美空ひばりの曲をカバーしたアルバム「レクイエム」で2曲伴奏している。その縁で東京でのライブに参加。そのアルバムには入っていない岡林の伝説のヒット曲「山谷ブルース」をやり、ひばりの「悲しき口笛」それから岡林がひばりに捧げた「レクイエム」をギターの平野融氏と共に伴奏した。それから「お祭りマンボ」に参加。メンバーはエンヤトット・バンドの平野融(ag)、吉田豊(スルド)、高橋希脩(三味線)、佐藤英史(尺八)、美鵬成る駒(和太鼓)。そしてエレキバンドと合同の歌「虹の舟唄」が終るとアンコールが始まる。その最後の一撃音に加われと言われているので、名前を呼ばれると同時に飛び出してギャロギャロギャロとお邪魔した。岡林の歌は天性の上手さで気持ちよく、その存在感とオーラは凄い。さすが。

清水月靖晃日。葉山に行ってまず「一色そば如雪庵」に寄る。30年近く前からお蕎麦のことを教えてもらっているご主人の浅野さんは「演奏前はうどんがいい」というおれの発言を知っていてわざわざうどんを出してくれた。勿論、絶品の生粉打ちは別にいただく。今日の会場は「もう一つの風景」という喫茶店。葉山住いの旧友岩神六平の葉山コミュニティ関連で毎年実現する。今日のゲストの清水靖晃(ts)とは、22年振りの共演だ。アルバム「寿限無」にも入ってもらっている。ピアノソロのあと靖晃ソロも披露してもらってそのあとデュオ。目つきと音がただ事でなくなる靖晃世界を堪能した。葉山時代からの友人奥成達氏や黒川博氏など多士多彩の来場者の中に本当の「剣士」黒澤雄太氏や、近々単行本を出してくれる徳間書店の国田昌子さんも顔を見せてくれ、他にはない独自の葉山時間が輝いた。