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muji . 2009.09 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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究極月理論日 ダントツ最弱野球チームのファンという呪われた宿命を何とかする方法を今まで色々考えたが、今回ついに究極理論を発見した。高校野球の優勝チームが一年だけプロのリーグでやっていいというルールになったので、今、あの人たちはセ・リーグでやっている。そう思えばあなた、楽しいですよ。あこがれの怖いプロ選手相手にストライクが一つ入るだけで歓声だ。アウトをとれば父兄は手を取りあって大喜びする。これだこれだ。え、高校生にしてはフケている? そこはそれ夜学で苦労している人たちのチームなんですね。それで余計また人間ドラマがあると。こんなこと言ってゴマかさねばならないファンは本当にツライ!←って、正気になるんじゃないっての。

一月柳日 「ピアノ協奏曲第四番<JAZZ>」を作曲して初演の機会を下さった一柳慧先生はご自身がピアノの名手としてもつとに有名だ。金沢21世紀美術館でのイベントで二台ピアノ共演が実現した。一柳先生の親友だった粟津潔さん追悼の意味もあって、粟津さんがあるときテーマにしていた「鳥」にちなんで一曲目は「鳥の歌」。それから先の新作コンチェルトの第一楽章のピアノデュオ・ヴァージョン。トークの後、即興デュオ演奏は、一柳先生がマレットを持ってインサイド奏法から始まった。弦がこすられてすごい音が出た時には「元祖過激派」を目の当たりにして戦慄いたしました。そのあとは何と一柳先生がオケパートを弾く「ラプソディ・イン・ブルー」。これはオケパ−トも一緒にカデンツァを即興演奏した。アンコールは何と「美しき青きドナウ」。一柳先生が目をつむっても弾ける「進駐軍時代の仕事の記憶」だそうで、この貴重な音に「どこからでも入って下さい」のご下命によって遠慮なく乱入した。「ドナウ」があんなにすごい転調をしているとは知らなかった。勉強になりました。
 このあと一柳先生の「卓球をやるとその音が増幅されて流れる」という出品作品を見学。実技をやってみたら、子供の頃は結構できたのに全然だめだった。ピンポン玉が全く見えない。がっくり。一柳先生はプロ級の浅葉克巳氏と一緒に卓球クラブを作っている達人だ。

ダブル月レインボー日 日比谷野音に歴代山下トリオのメンバーが結集。第一期から四期まで7人揃って、それぞれの時代の代表曲を次々にぶちかます。事前の取材が新聞7件、雑誌8件、テレビで宣伝を「笑っていいとも!」など3件、ラジオ7件、などと取り上げてもらったせいか立ち見席まで満員という光景が実現した。一年前にスタッフが言い出してくれたのがきっかけだ。山下トリオはレコード会社と音楽や方向性などの議論を直接したことは一度もない。全ては仲間のスタッフが間に立ってやってくれた。好きなことだけを貫けたのはそのせいだ。もっとも「次はこういうものはどうか」という意見が仲間としてのスタッフから出てそれが次のステップを作っていくことはあった。

 今回集結してくれた世界最強のスタッフは以下の通り。照明関根有紀子・一郎夫妻、PA新居章夫、中本善雄、舞台監督小川裕、制作渡辺徹、三田晴夫、中原仁、岩神六平と、当日応援に駆けつけてくれた昔の関係者、川村年勝、本村鐐之輔、龍野治徳など。

 トリオ時代以前から現場にいてくれた相倉久人さんの司会で、時代を逆順で進行。一九八三年の林栄一(as)、小山彰太(ds)で「回想」「ストロベリー・チューン」。故武田和命の代役を引き受けてくれた菊地成孔(ts)が入って「円周率」。国仲勝男(六弦)のソロから菊地の吹く「ジェントル・ノヴェンバー」。坂田明(as)、小山彰太で「バンスリカーナ」「ゴースト」。相倉・菊地絶妙トークのあと、坂田明、森山威男(ds)で「クレイ」「キアズマ」。中村誠一(ts)、森山威男で「木喰」「ミナのセカンドテーマ」これで一九六九年まで戻った。最後は全員でアンコールの「グガン」。プレイヤーは全員最高のプレイを披露してくれた。出ずっぱりのおれはその音を浴びながら何度も死んだ。死にながら至福の時間を漂った。「クレイ」の時に、夕暮れの空に二重の虹がかかったという。この間逝った平岡正明と武田和命が一緒に来ていたのだろうとジャズ関係者は皆言う。その日に母の命日の墓参りに行って先祖代々の墓の写真を持って来ていたおれの親戚達は、ご先祖さまが来ていたと言う。「人前で恥をかくなら死ね」というサツマの教え通りにやっているかどうか見張りにきていたのか。

 終演後の楽屋に来てくれた方々の豪華だったこと、いただいたお花の数々のこと、その後の打ち上げのこと、到底書き切れない。感謝と共に今回は終了。



「CDジャーナル」2009年9月号掲載
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