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muji . 2008.05 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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続月き日 でたらめ外国人の名前の続き。親戚の一杉伸太作。ヘタクソな仕立て屋ウラジミエール・チャンチャンコ。ロシア人ちゃんこ鍋屋ナベニエール・シェフチャンコ。おれの作。キャバクラのロシア人女性ゲンジナー・ユカリノフスカヤ。花粉症に苦しむ韓国人ハク・ションデル。これ安易。やはり自家製は苦しいか。ロシア語に詳しい人には男性女性による語尾の変化が合ってないのが気になるらしい。

ピアノ月炎上日 春の海ひねもすのたりのたりかな。能登の志賀町相神の海岸はのんびりとした日差しにつつまれている。なぜか波打ち際にグランドピアノが置かれているが、やがてそれが燃やされて弾かれるとは誰が知ろう、ってこれテメエでやったくせにとぼけるなっていうの。はいはい、すみません。35年前にやって懲りたはずのことをまたやろうってんだから人間の業というのはオソロシイですね。なぜこうなったかについて、以下申し述べる。

 金沢21世紀美術館はよく話題になる人気美術館だが、そこで「荒野のグラフィズム:粟津潔」展が開催された。その中でフィルム作品「ピアノ炎上」が上映され、それを見ながら生ピアノを弾くというイベントも実現した。フィルムの中で燃えるピアノを弾いている35年前の自分と共演したのだ。これはやはり異様なものでしたよ。何だこいつは、なぜこんなことをするのだ、と対抗心を燃やして弾いたが、相手もなかなか素早い指さばきで頑張っておりました。

 この企画の依頼はずっと前で、その時に、折角だから「炎上ピアノ」を生で再現したらどうかという話は出ていた。生来の面白好きだから「やろうやろう」と言っていたのだが、その時期、ここでも何度も取り上げた「Explorer」の作曲中で、一時忘れていた。ところがジャーマネG君がすごい情熱を燃やして(!)美術館の不動プロデューサーと連絡をとり続けていた。ご存知かどうか、この世で一番過激なのは実は美術界の方々なのだ。ありとあらゆる芸術的先駆的実験は美術の世界からと言っても過言ではない。フィルムと共演の日に美術館の中庭でピアノを燃やして弾くという案が浮上した。しかしこれは消防署によって止められた。しかし、ここで諦めないのが美術の過激性だろうか。場所を探して志賀町の承諾を得た。志賀町・旧富来は何と粟津潔さんの父上のご生地だったのだ。

 というわけで、当日海岸にピアノとおれが現れた。調律師の岩田さんや記録ビデオ撮影スタッフなどによって入念な準備がされている。前回同様炎を防ぐ遮蔽板が置かれ、音収録用極小マイクが取り付けられている。ピアノの足場には板が敷かれこれは本番では砂で覆われる。砂の中にもマイクが置かれるヒラメ状態だ。どうやって登場するか考えたが、やはり一番よいのは背景の海からだと気づいた。手漕ぎの船に乗って、刀代わりの櫂を削りながら上陸する。やはり武蔵もこのシチュエーションでの登場をそれしかないと考えたにちがいない。現実は海水浴客滞在用のキャビンが控室になった。そこで町の消防団に用意していただいた防火服に着がえる。防火服の袖は中で縛ってあって火が入らないようになっているのを発見。顎のカラーも立てるようになっている。時間がきて、ヘルメットを持って歩き出す。浜辺に近寄ると拍手が起きる。炎の輪をくぐって空中を飛ぶスタントマンの心境が分かる。ピアノに座ってヘルメットをつけて合図をして点火。灯油の匂いがする。すぐに煙が押し寄せてくる。熱でピアノの弦が伸びていく。低音から音が消えていく。音の出る地域を探ってあちこち弾く。前と同じように高音が最後まで残る。煙攻撃が予想以上の凄さでむせかえり息をするのが困難になる。火炎も見える。鍵盤の間から煙が噴き出す。これは新体験だった。げほげほ状態になり、火より煙がコワイとの説を実感したが、ピアノが音を出している間は逃げるわけにはいかない。顔を上げると煙がもろに襲いかかるので、真下を向いて弾くビル・エバンス・スタイルとなる。やが高音の弦も伸び切って音が消えたのを確かめてピアノを離れた。拍手が起きたので観客の方を向いてちょっとお辞儀をし、そのまま海をバックに左に歩き、燃えるピアノを見続けた。正面に燃えるピアノ、その左彼方の岬の岡に夕日が沈んでいく。海からは波の音が聴こえてくる。ピアノが燃える音と波の音が溶け合い夕日は沈み続け、右前方彼方の岡の上には風力発電の風車がゆっくり回っている。それらの中にじっとたたずんでいると、一瞬、全てが意味のあるものとなって感じられるあの至福の瞬間が訪れた。結局全ては美術作品と化したのだ。後日、銀色の消防服と炎上ピアノの写真を見た親戚が「浜辺で別れを告げる宇宙人」と言うキャプションをつけた。これは気に入ったが、母船が迎えに来る間、なんであんなことをしなければならないのか、宇宙人の理由は不明だ。



「CDジャーナル」2008年5月号掲載
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