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muji . 2007.07 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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  料月理日 料理屋がうん万円出しても買いたいという塩と、現地の人も滅多に口に入れられない最高のオリーブオイルというものをいただいたので、これはもったいないと料理に目覚める。昔見た映画、確か「ゴッドファーザー」のセリフで「オリーブオイルとニンニクとトマトさえあれば料理はできる」というのを思い出して、すぐにギャングの下っ端となって大量のニンニクをスライスした。それをオリーブオイルで焦げるまで炒めてソーセージを放り込んで塩を振りかけてトマトピューレをぶっかけてみた。結構食えましたよ。勿論、一緒に飲む赤ワインは必需品。ところで発見だが、こういう料理ドキュメントは、そのまま書くだけですごく字数を食っていいですね。

麻月布日 作曲家神津善行、バンドマン山下、産経新聞社長住田良能、医学博士・エッセイスト中原英臣、一級建築士柳沢伸也、フジテレビ副部長柳沢恵子、作家神津カンナという謎の会合は、実は某高校出身男の顔合わせだ。何世代にもわたるが、同じ先生のあだ名を思い出して盛り上がるスタイルは健在。皆、自分のことばかり喋って人の話を聞かない特色も健在。住田氏が秘蔵の写真を出す。とんがらがった山下青少年がいる。背広姿でピアノを弾き、年下の住田少年がトロンボーンを持っている。何かのパーティのようだがいつのことか覚えていない。音大に入るか入らないかの頃か。住田氏の話によれば、この頃に住田一派の練習を見に行った山下は「わ、めちゃめちゃだ」とひっくりかえって笑った。それから一人一人に最低この音を出せと指示して何とか音楽にした。そういえば卒業後も何度か学校にいって講堂でコンサートをやったり音楽室で後輩とセッションをしている。別の後輩の話も思い出した。音楽室にやって来ると「てめえらジャズは明るいところでやるもんじゃねえ。カーテン全部締めろ」といって真っ暗闇のなかで練習させられてコワかったとか。おれ、そういう馬鹿センパイだったのかなあ。言われるまで、いや言われても思い出せないよ。でもやられた方は覚えているってこのことなんだよな。若い時は皆とんがらがってギンギンだった。そういえば、あれもこれもと、ワルいことばかり思い出し、思わずギャッといって布団をかぶって失神する。
 失神から目覚めて会食を終えると、帰り際にレストランのピアノのある一画に連れていかれる。専属のピアノのお姉さまを追い出しておれが座る。一曲やりましたよ。客は迷惑だったろうけど。思えば85年のアメリカ乱入のときは毎晩のようにこういうことをやっていたのだ。結局、人間いつまでも乱入だ! とあらためて初心を確認する。上下関係に厳しい校風のせいで、神津先輩には頭が上がらないが、中原後輩が持ってくれた荷物を受け取ってタクシーに乗る。タイムマシンの一夜でした。

錯月乱日 「5月は全然スケジュールが無いんだね。海外住まいか」と友人に言われたが、そんな優雅なものではない。自宅合宿の日程だった。来年1月のリサイタル用の作曲を、今の時期にやっておかないと駄目なのだ。オペラシティ十周年ということで、またコンチェルトに挑戦する。第1番「エンカウンター」、第2番「ラプソディ・インF」に続く第3番だ。佐渡裕指揮で東京フィルの予定。今から生きた心地がしない。

塵月芥日 それでまず、創作環境の整備を目指して、書斎のゴミ掃除を始めた。するとそれが家全体へと広がり、ゴミ出し分別問題の研究へと発展した。この市独特の掟なのか、ボール紙と段ボールは別の日に出せとか、ペットボトルのフタは別にしろとか不可解なことがいくつも出てきて、そのたびに清掃局に電話した。紙の出し方が難解で、書き損じのA4用紙やチラシやボール紙や贈答用箱などは月に一度の再生紙用の日だが、ティッシュペーパーは生ゴミと一緒。さらにコンビニで買う紙コップでオモテに「紙」などと書いてあるのも再生ではなく生ゴミだという。本当かよ。生ゴミとプラスティックを出す日は週に一度づつあって、つまり全ての人間は生ゴミとプラスティックで生きていると公式に認定されているのだ。

失月敗日 さらにこの間に、本の山を段ボールに入れて別の部屋に移動させたり、猫のおしっこ防止のマットを購入したり、なぜか急に窓の外の景色を改良したくなって園芸用の木の壁を買って大量の草花を飾ったり、PCがクラッシュしたので半狂乱で運び込んだ修理店で、そこにあった「蟻の飼育セット」に目が移って即購入したり、それで家の回りで蟻を捕獲するのに半日を費やしたり、その影響で金魚を買いに行ったり、そうこうしているうちに横浜ベイスターは連敗で、ついにやけ酒が復活するなど、自宅合宿は大失敗に終わった。ま、結局、逃避してんのは分かっているんですけどね。だから、それで作曲はどうなったのって聞かれたら「わー、それを言うな」とわめいて頭から生ゴミかぶって走り回るしかないのであります。



「CDジャーナル」2007.7月号掲載
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