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muji . 2007.03 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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  全編忠臣月蔵日 「ジャズマン忠臣蔵」は2005年の正月に東京オペラシティでの恒例のリサイタルで初演した。これが2006年の12月、何と討ち入り当日の14日に、兵庫県立芸術文化センター大ホールで出来ることになった。これを決めたプロデューサーの林伸光さんが、さらに本家本元の赤穂市に紹介をしてくれたので、前日の13日には赤穂市での公演も決まった。というわけで、一同打ちそろって東京駅から新幹線に乗り込んだ。池田篤(as)、梅津和時(as)、片山広明(ts)、川嶋哲郎(ts)、木幡光邦(tp)、松本治(tb, arr, cond)、青木タイセイ(tb, eb)、吉野弘志(b)が勢ぞろい。

 列車が動き出しても堀越彰(ds)とYukarie(ts)がいない。やはり遅刻のドラマーと無法者のロッケンローラーかと思ったら品川駅で無事乗り込んで来た。京都駅でひかりに乗り換えるためホームに降りると、そこに金子飛鳥が合流。背中にバイオリンを背負っているのが討ち入りの武器に見えてくる。車中では片山広明が買った「うな笹」という食べ物が謎を呼んで、皆で取り巻いて観察する。わいわい言って見ていると、出てきたのはウナギが入った太い巻き寿司だった。海苔なしの白いご飯で外側の笹はビニールと判明。って、どうでもいいことで大騒ぎする車中のバンドマン風景を見るのは久しぶりだ。

 新神戸駅で御大筒井康隆さん合流。途中でだんだん仲間が増えていく襲撃物の映画そのものだ。筒井さんは今回は構成と生のナレーションに加えて、第三楽章「一力茶屋」の場面の前に定九郎に紛してクラリネットを吹いてくれる。これであとは赤穂でエリック宮城(tp)が合流すれば討ち入態勢完了だ。

 相生駅で降りて迎えのバスで赤穂に向かう。駕籠に乗って走る使者の銅像がある峠を越えると、眼下に赤穂の光景が開ける。海と川のあるのどかな小さな土地だ。この海で大石と浅野内匠頭が子供のころから遊んでいたのか。その二人の依っていた城はやがて没収され共に切腹という運命になる。その大事件が三百年語り継がれた結果、我々がここにいると思うと、どこか生々しい感情が湧く。

 ホテルに入ってすぐにまた全員集合。見学ツアーに出発する。赤穂城は思ったよりはるかに小さなもので天守閣も無い。それが理由で文化財の指定ですぐには「城」と認定されなかったと案内係の文化会館の方が話してくれる。小さな堀にかかる橋の上で写真撮影。中に入って見学。実際に早駕籠が着いて使者が入った屋敷の門はまだそのままある。大石が住んでいた屋敷の跡も再現されている。大石神社に行き、お賽銭を上げて参拝する。二礼二拍一礼と言う作法があるがあれは明治以降決められたものと勝手に思っている。昔から「向こう横丁のお稲荷さんでちょいと拝んで」という行動でよかったのだ。二拍手のあと両手を合わせて拝むスタイルを採用。

 筒井さんを先頭に参拝するこの様子が翌日の新聞各紙に写真入りで出た。このときには全員揃いの討ち入り法被を着ている。本番用に用意されているのだ。続いて、花岳寺でお墓を見学。ここには遺髪が届けられている。全員同じ衣装でぞろぞろ歩くといやが上にも「勢揃いの美学」を感じる。同じ格好でずらりと並ぶとそれだけで格好いいということが絶対にある。もっともジャズマンライフとは正反対の現象かもしれないが。

 そのまま会場に行ってリハーサル。ここでエリック合流。口上・登城・各人挨拶・松の廊下での吉良と浅野の言い合い・刃傷・切腹・一力茶屋のどんちゃん騒ぎ・回想・俵星玄蕃・討ち入り・吉良の言い訳・凱旋行進・客席乱入・エンディングと、松本治の指揮で再確認。全員の見せ場がある。討ち入りの時に大石役で山鹿流陣太鼓を叩く。「一打ち、二打ち、三流れ」は、前回の公演の時に堀越彰が歌舞伎の囃方の藤舎千穂さんから習ったので間違いはない。しかし、何せここは赤穂なので、本当かどうかチェックした。するとお答えは意外にも「そんなものは無かった」。芝居や映画での創作であるという。赤穂義士の話に必ず現れる二重現象で「刃傷・切腹・城明け渡し・全員浪人・秘密会議・偵察・討ち入り決行・吉良殺害・全員切腹」はまぎれもない事実だった。ただ芝居映画読物として伝えられたものにはどれも全て架空の人物や場面や出来事がつけ加えられている。そしてそれが受け入れられる。だから忠臣蔵は日本国民全員参加可能の文化現象なのだ。故にジャズマンの音による「解釈」も許されるというのが、おれの立脚点となっている。「もう思う存分ヤマシタ流の陣太鼓をやってください」と言って下さる。赤穂義士に関してありとあらゆる虚構の物語を見てきている赤穂の人々の受容の懐の深さなのだろう。

 本番は赤穂でも兵庫でも思う存分やらせていただいた。浪士バンド一同打ち上げで飲み、もうこうなったら毎年12月14日には必ずどこかの藩にアバレ込もうと気勢を上げる。早速今年の分、やるところはないですか。さあさあ、早い者勝ちですよ!


「CDジャーナル」2007.03月号掲載
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