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muji . 2006.10 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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  太月郎日 その昔、岡本太郎の「現代の芸術」という本を読んだ。とにかくぶち壊せ、いままで通りのことをやるな、というメッセージが伝わってきた。当時はそれをジャズをやる自分の姿と重ねていたのだと今気づく。つまりジャズをやる人生を選ぶことがもう充分に異端行為だと思って、それを正当化する言葉として受け取っていたのだ。そのジャズというジャンルの中でさらに逸脱を考えるようになるのはずっと後のことになる。今でも覚えている言葉は「紙に線を描くと大人は紙の端までいくとそこでやめる。幼児は構わず紙をはみ出して描き続ける」というもの。だからどうしろというのか、いまいち詳しくは覚えていないが、ま、そういうことで刺激を受けていたのだった。
 やがて岡本太郎が太郎さんとしてテレビに出るようになりCMにも現われると当然酒場での話題になった。ウイスキーの宣伝で「グラスの底に顔があってもいいじゃないか」と力説したのには一同受けた。「誰も最初からいけないって言ってないよね」とうなずいたものだ。その口調を真似するのが南伸坊さんでこれにはいつも爆笑した。坂田明と嵐山光三郎さんもしょっちゅう物真似をしていて、時には田中角栄が三人になるなんてこともあった。正統な角栄、韓国人の角栄、共産党の角栄の三人で論争がはじまると、聞いている者は悶絶するしかない。タモリが太郎さんに番組で会ったときの話も聞いた。白人男性のゲストに「君はフランス人かね」と聞き、そうではないと知って「ふんニセモノか」と言って遠ざかったという。
 CMでは「芸術は爆発だ!」と言いながらピアノをギャギュギョギョ、ガギャギョギャ、と弾くものもあった。あ、もしかしてあれをおれは真似したのかと、今になって不安になったが、調べるとこっちは1969年発足、あのCMは70年代後半と判明してほっとしたりしている。
 その岡本太郎の大壁画が発見され修復され完成した。それを披露するというテレビの生番組で、除幕の寸前にソロピアノを弾く。唯一のシバリは燕尾服を着ること。演奏は勿論何をやってもよい。紙の外まで線をひいてよいのだからとピアノの鍵盤の両端を超えてフレームを叩いたりもした。生放送なので最後の瞬間に何分間弾けることになるのか直前まで分からなかったが、これはカウンターを設置して経過時間を見た。何分経過で大技を出して場外乱闘に持ち込み、一秒たがわずフィニッシュできる。
 幕が引き落とされ縦5.5m横30mの大壁画が出現する。皆と一緒に眺める。見ているうちにこれは実はさらなる超大壁画の一部ではないかという妄念が渦巻いた。岡本太郎の力が今に蘇った一瞬でありました。

N月Y日 NYトリオの日本ツアーの日々だが、まずはオーチャードホールでスペシャル・ビッグバンドと共に二日間のショーがある。トロンボーンの松本治が編曲指揮で、メンバーは、池田篤(as)、米田裕也(as)、川嶋哲郎(ts)、竹野昌邦(ts)、小池修(bs)、エリック宮城(tp)、西村浩二(tp)、木幡光邦(tp)、高瀬龍一(tp)、中川英二郎(tb)、片岡雄三(tb)、山城純子(tb)という錚々たるプレイヤー達。これにボーカルのレディ・キムを迎えている。ビッグバンドで「This Could Be the Start of Something Big」「Waltz for Debby」をやり、トリオと川嶋哲郎を加えたカルテットでアルバム「ミスティック・レイヤー」から「Gathering」「Groovin' Parade」「Fables of Faubus」をやり、休憩後レディ・キムの歌で「Summertime」「Bank of Love」「There's a Boat That's Leavin' Soon for New York」をやり、それからビッグバンドとの共演で「ラプソディ・イン・ブルー」のノーカット版をやり、アンコールの「It Don't Mean a Thing If You Ain't Got That Swing」をやった時には、あたしゃあくたびれた。
 途中レディ・キムとの会話で「Bank of Love」をジョークにした。キム嬢が「これはジョージ・ガーシュインのあまり知られていない<銀行家の恋>というミュージカルの挿入歌で、たしか1930年にはビリー・ホリデイも録音している」などと言ってくれる。実はロンドン在住の吉武理恵さんの英語の歌詞に山下が作曲してボーカルの上山高史さんのアルバムに収録した曲だ。内容は「ユニバーサル・バンク・オブ・ラブ」に愛の口座を開いたから、寂しいときはそこから引き出して使ってくれという妙に現代的なもの。勿論、パスワードは「I Love You」です。今回、コンサートのスポンサーがシティバンクだったので、洒落と同時にあわよくばCMソングにという下心でやってみた。打ち上げパーティでお偉方と話した時にそれとなく売り込んだが「オー、あの歌、よろしかったですねー」とあしらわれてそのままという、ま、当然の結果でありました。



「CDジャーナル」2006年10月号掲載
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