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muji . 2006.09 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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  緊急月報告日 パリのシテ・ド・ラ・ムジーク主催の日本文化紹介イベント「日本−伝統と断絶」に参加。メインイベントの文楽など伝統芸能の公演の他に、「断絶」側から音響派、ノイズ、DJなどのコンサートがあり、おれのジャズもそっち側から参加ということらしい。会場の隣にコンセルヴァトワールのパリ校「C.N.S.M.D.P」がある。ちなみにコンセルヴァトワールと名付けられた音楽学校は各地にあってレベルはさまざまだが、ここは「ナシオナル・シュプレーム」の文字が入る正真正銘の最高レベル校だ。そこにジャズ科がありその生徒のビッグバンドと共演するというマッチメイクを主催者がしてくれた。ジャズ科で行う校外活動の一環とも合致した。

  ちょうど卒業試験があるというので見学させてもらった。学内の150席程のホールで公開でやっている。一日5人の生徒が二日間やりグランプリを競う。試験課題は、●8〜12名編成のジャズバンドで自分のオリジナルを発表。●同じ編成で課題曲を編曲演奏。●その場で指定されるスタンダード曲を先生の伴奏で演奏。●ソロで演奏する、の4課題。
 これがまあ、あなた、びっくりしたというか感心したというか、たとえばソロの試験。ピアニストが3秒間セシル・テイラーをやり、そのあと延々和音を弾いて終わる。これがフランス流なのか大受け。トランペット、サックスも基本はフリー・ミュージックで、沈黙を用いるジョン・ケージ手法や非楽音使用などが当たり前になっていた。スタンダードでは課題の「グリーン・ドルフィン・ストリート」などの古典もしっかり出来ることを見せ、さらに自分の領域を表現する意図が皆ある。編曲ものはどのグループも必ずフリーのパートがあるアレンジで、同時にしっかり書き込んで構成も見事だ。演奏者は同じジャズ科の生徒たちで、トロンボーン、チューバなどブラス群の充実が目立った。
 編曲されたサウンドに独特の統一感があって、どれもドビュッシーやサティが今生きていたらジャズをやって、こういうことになっていただろうとさえ思わせた。いやそれ以上か。ジョン・ケージ風のものから「渋さ知らズ」系のどんちゃん騒ぎまで全部出てくるが、必ず頂点でぴたりと止まって、ブラス・セクションがピアニシモのハーモニーを奏でるなど作曲的なアイディアが横溢する。ある生徒はピアニストに拡声器を持たせてがなり立てさせていた。さらにびっくりしたのは課題曲で「マイ・フェイヴァリット・シングス」が指定されていたが、そのメロディがほとんど出てこない。一瞬それらしきものが響いて、あとは本人のオリジナルのなかに埋没する。これはビッグバンドとの共演でアレンジを任せたおれの曲に起きたことと同じだった。

 その共演曲はまずCD「フィールド・オブ・グルーヴス」から「クルディッシュ・ダンス」(香取良彦編曲)、「ファースト・ブリッジ」(道下和彦編曲)、「フラグメンツ」(栗山和樹編曲)の3曲があり、フランソワ・テベルジュ先生の指導でびしびしと練習が進んだ。選抜コンボでは今村昌平監督を偲んで「カンゾー先生」と新曲「やわらぎ」をやった。これはほとんど初見で出来た。
 ビッグバンドで生徒に編曲を任せたのは「スパイダー」、「ピカソ」、「砂山」の3曲だったが、前述した通り彼らの編曲はすベてリメイクあるいは新曲の作曲と言えるほどで原曲の姿は跡形も無い。「砂山」は原曲も渡してあったので、山下のリメイク・メロディと原曲がかろうじて出てくるが、リハモはほとんどタケミツのサウンドのようだ。「ピカソ」はオリジナル・メロディーから二小節だけをとりあげて繰り返し、その上でアドリブをさせ、やがてチャーリー・ヘイデン風スパニッシュ行進曲となる。これは「ゲルニカ」からの発想だそうだ。やがてリズム・セクションに五拍と四拍が同時存在するというしゃらくさい音型が出現しておっとっとなどと言っていると、ピアニシモになった場面で楽士が「ピ〜カ〜ソ〜」と歌い出してそのまま終了。一番驚いたのが「スパイダー」で本当にどこにもおれのテーマが出てこない! 単に「蜘蛛」というイメージだけで新曲を作ったのかもしれない。この生徒にはメールで事情説明を求めているが、ちょうどヴァカンスに入ったのか、先生ともども連絡がつかない。パリ在住の知り合いが学校に電話してくれたが、誰も出ないというおフランス事情だ。
 てなわけで、いやあ驚いた。C.N.S.M.D.Pのジャズ科への入学は全仏からテープ審査を受けた中の200人が受験できて、そのうち15人が合格するという厳しさだという。入った時には皆出来ているわけだ。その後に受ける教育にどこか一貫した方針を感じる。それは何よりも自分の創造性を大事にすることであり、それがたとえばアメリカのジャズ・メソッドを、一応知っておけばよい古典的手法と位置づけるような考えに通じるのではないかと思われる。おフランスおそるべし。国ぐるみで頑固に独自の文化を追求する姿勢には限りない刺激を受けた次第でありました。



「CDジャーナル」2006年9月号掲載
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