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muji . 2005.09 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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  猫月石像日。以前ここで「猫返し神社」をご紹介した。近所の阿豆佐味神社にお参りしたら17日間行方不明だった失踪猫が帰ってきたので、そのことを方々に書いたり喋ったりしたのが発端だ。「猫返し神社」の名前は今では神社の縁起にも書かれ猫の絵馬(?)も作られている。そこの宮司さんから「猫のコマイヌが出来たので見に来てください」と電話があった。猫の石像を寄進する人が現れたのだそうだ。早速行って対面をした。本殿脇の蚕影神社のかたわらに丸顔の可愛い猫が一匹出現している。そばの絵馬掛けには猫の絵馬も多く「みーちゃんが帰ってきますように」などの言葉が並ぶ。女性が一人やってきて猫の石像をなでてお参りをしていた。「どちらからですか」と聞くと、「中野です」とのこと。心から帰還を祈りたい気持ちになる。宮司さんの話では、実際に帰ってきたというお礼状が届いたり賽銭箱のなかに入っていたりするそうだ。いやあ、これからも是非、霊験あらたかであって欲しいものだ。

岩月原日。岩原ピットインで恒例の作曲合宿の日々。草原になっているゲレンデの脇を散歩し、止めてあるトラクターのキャタピラに腰掛けて五線紙にアイディアを書き留める。やがて帰途につき、何か置き忘れをしたと感じて後ろを振り返る。何も忘れていなかったが、どうやらそれは先程の一心不乱の時間にいた自分だったようだ。と突然ブンガクしてしまうが、まったく、あの時頭の中に出てきた沢山のものの中で、表し残せるものは少ない。囲碁と将棋の名人の会話を思い出す。「神様からみれば自分たちのやっていることはどれくらいか」とそれぞれ紙に書いて見せあったら七パーセントあたりで一致したという。「思ったことの半分もできない」なんていう言い草はとんでもない傲慢なのだ。

打月撃日。大阪で韓国打楽器グループ・サムルノリと共演。リーダーのキム・ドクスさんとは初共演から20年以上のつきあいだ。一番最近は、4年前にデュオで東京、ソウル、パリと渡り歩いた。今回もデュオから始めるが五拍子のリズムの展開があまりに素晴らしくかつ難しくて困っていると、ドクスさんがチンの奏者を入れてくれた。これでアタマが分かるようになって助かった。そのあとサムルノリにも交ざって演奏。最後は踊りになり民俗衣装の帽子についた長いリボンを強烈に回すアクションや、斜めにジャンプしながら円を描く大技も出る。その間流れ続ける強烈なリズムは快い。韓国音楽のリズム理論は精緻で美しくスリリングだ。あるエンディングでは、急速の十二拍を、まず六拍に分けて2回、それから四拍にわけて3回、さらに三拍にわけて4回と推移させる。そうやって緊迫感を極限にまで高めてそのまま一気に「2-2-2-2-1-3、3-2-2-2-1-2!」などと決めてしまう。格好いいことこの上ない。

万月博日。愛知万博の会場へ。日本館前の広場に立つテントは「にっぽん華座」と名付けられていて、そこのスペシャル催事として「津軽三味線乱・舞・奏」が行われる。出演は、上妻宏光、渋谷和生、木乃下真市という若手3名人で、助っ人に坂田明(as)、吉野弘志(b)と共に呼ばれた。パスをもらって車で会場に入ろうとするが、なかなか進めない。テロ対策だろうか。坂田の爆言炸裂。「テロリスト館を作ってそこで勝手にやらせればいい。入り口で手榴弾を三個づつ渡すから」。笑い転げていると「こういうことを言える相手はあんた以外にいないのよね」と褒めてくれる。到着した控室もテントで冷房装置はあるが、いや暑い。外に出て向いの食べ物屋の建物にいくと少しは涼しいが、食い物が高い。普通のカレーライスは無くわざとトンカツを乗せて1200円で売っているなんざあアコギだ。頼んで3秒後に手に入る冷し中華というのも歴史始まって以来だろう。トルコ出店のアイスクリームは面白かった。コーンを持って待っていると長いヒシャクでアイスクリームを入れてくれるのだが、その時にえいやと上にあげてサヤの紙を残してコーンがとられてしまう。それをくるくる回してまたこちらの手に戻し、その上に第二弾のアイスクリームをぬり付けてフィニッシュ。もちもちしたチーズのような感触のアイスクリームなのでこういうパフォーマンスが出来る。

 舞台ではまず40人の津軽三味線軍団「和胤」が登場して大合奏。そのあと吾妻ー山下、渋谷ー吉野、木下ー坂田でそれぞれのソロとデュオをやる。最後は6人でセッション。津軽三味線のソロでは途中の聴かせどころで必ず拍手が起きる。その雰囲気に便乗して我々のソロの途中でもここぞというところで拍手が起きた。これは実に正しいジャズの聴き方ではないか。炎天下に並んで整理券をもらって入ってくれた善男善女の自然な感性の表現と、それを掘り起こす津軽三味線の力を目の当たりにして、日本の芸能の底力を再発見した気がする。かくして炎天下で二日間二回まわしという、あまり記憶に無いハードな日々が無事終了した。



「CDジャーナル」2005年9月号掲載
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