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muji . 2005.01 .
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. 山下洋輔の"文字化け日記"
イラストレーション:火取ユーゴ
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号月外日。2000年に発表したピアノ・コンチェルト第1番をイタリアのトリノに弾きに行く。モーツァルトみたいじゃねえかと方々に吹聴して自分を鼓舞した。「海を渡るのだからモーツァルト以上だ」「自作を弾くピアニストはラフマニノフ以来ではないか」などと冷やかされた。こんなことは一生に一度だから、トマトをぶつけられた時の盾に家族も連れて行った。オケはトリノの誇るRAI国立放送交響楽団でつまりイタリアのN響だ。指揮の佐渡裕さんが推薦してくれて実現したプログラムは、第一部がヤマシタで、第二部がチャイコフスキーの五番というもの。信じられます? こうなったらもうどうにでもなれってんでやったら、アンコールを7回もらった。うち二回はソロピアノで「ボレロ」と「枯葉」を弾く。打ち上げで「2007年にまた来い。ラベルのコンチェルトなんかはどうだ」と言われたので、「そんなのを練習するより自分で新しいコンチェルトを書いたほうが早い」と大口を叩いたら、受けられてしまった。大口のせいでまたまた崖っぷちの日々が続くが、考えてみればこんな音楽家冥利はない。あらためて、佐渡裕さんと第四楽章に共演ソリストとして登場してもらったパーカッションの植村昌弘氏に感謝したい。以上、号外でした。

米月国日。「パシフィック・クロッシング」米国ツアーはNYの二日目。
笛の藤舎名生先生の熱演に加えて、仙波師匠の必殺のほっぺた打ちなども出て大受け。終演後、北九州田川のヴァイオリンの恩師伊藤光先生のお孫さんのレオナ君と会う。ジュリアードで指揮を勉強中。インド料理屋での打ち上げには、こちらでウエスタンを歌う歌手ドロシー・カウフィールドこと柳ゆきこ嬢や長年ジャパン・ソサエティにいて、最近、他の財団にヘッドハントされたポーラ・ローレンス女史も現れて大にぎわいだった。
 翌日はワシントンDCに車で移動。スミソニアン博物館のメイヤー・ホールで公演。スミソニアンは多くの博物館の複合体で、一番有名なのが原爆投下機が飾ってある航空博物館だが、他にもアフリカ館や「羊たちの沈黙」に出てきた昆虫館などいくつもある。ここでもスタンディング・オベーションをもらい、控室で高校生らしい娘二人からインタビューを受ける。
 次の日はメリーランド州のタウソンという町の大学へ。ホテルの食堂で昼食にステーキを食べる。ごつっとした食感のアメリカのステーキが癖になった。コーヒーを飲みながら、バスケットボール好きのセシルに現状の解説などしてもらう。中国出身の巨大選手が、話題実績共にシャキール・オニールを上回ったそうだ。日本から田臥選手が入ったことを話題にすると、ああいう小柄で走り回る役割の選手のことを「アント(蟻)」と言うと教えてくれた。言い得て妙だ。頑張れ田臥。おかげでバスケットがくっきりと見えてくる。夜、大学のホールで演奏。この日で全七公演の中日終了。

翌日、ロスへ移動。ワシントン空港の手荷物検査は徹底的。靴を脱がされ情けない姿で検査機械を通ると一人一人椅子に座らされて左右の足を上げ、それから立って両手を水平にしてチェックをうける。バッグを紙の円盤の様なもので調べる。もう二度とこんな国にくるものかと思うが、以後何度もやるうちにすっかり要領を飲み込んで、おれ、やり方知ってるもんねと、この囚人状態に進んで協力するようになる。非常に恐ろしい人質心理だ。ロスではオフ日に旧友のガベさんと会う。こちらで事業をやって成功し十年間税金を納めたていたら、年金が月に十万円以上来た。これで物価の安い南の国に行けば暮らせる。どこにでも毎月送ってくるという。米国はえらい国ではないですか。
 演奏会場は全米日系ミュージアム。白髪の上品な日本女性たちが実はアメリカ人でべらべらの英語を喋るという状況の中で英語でMCをやるのに若干の違和感を覚えたが、演奏への反応は上々でスタンディング・オベーション。後に出た批評も大変よいものだった。フェローンの妹アーサーと弟ティモシーが来てくれた。ガベさん主催の打ち上げには20人近くの人が参加。目つきのおかしい若い黒人男がわけの分からないいちゃもんをつけに来て、マーシャルアーツをやっているというティモシーが立ち上がるという緊迫の場面があり、慌てて後ろから肩を抱いて止めた。太い腕はフェローンそっくりだ。
 その後シアトルの隣町カークランドでやり、サンフランシスコに戻ってジャズフェスに参加。とうとう千秋楽となった。日米の共演者に心から感謝したい。打ち上げにはクラシック・ピアニストのフェローンのお兄さんが現れてくれた。西海岸はフェローン家王国か。
 帰国後は、すぐに釧路で富樫雅彦作品によるソロピアノ・コンサート「KIZASHI '04」のライブ・レコーディング。そのあと横浜関内ホールでこの米ツアー凱旋公演がある。いつになったら旅が終わるのか、などと贅沢は言いません。また来年、お互い元気でお会いしましょう。



「CDジャーナル」2005年1月号掲載
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