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muji . 2003.12 .
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. 山下洋輔の"文字化け日記"
イラストレーション:火取ユーゴ
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新月幹線日。がらがらの車両の窓側の席に座っていると、切符の番号通りに隣に座る人がいる。回りにいくらでも空席あるのに。悠々とお弁当を食べて、靴脱いで、リクライニングして、本読んだりしている。そりゃああなたが正しいでしょうけど、お互いゆったりしたほうがよくないかなあ。なんで他へ行かないのっつうの! 仕方がないからトイレに立って、そのまま、おれの方がよその席に座っていたりして。

トリ月ビア日。1.タモリは雑誌連載の原稿が間に合わずに白紙ページで出版されたことがある。奈七十年代の雑誌「面白半分」の筒井康隆編集長時代。発行人は佐藤嘉尚氏。2.落語の目黒のさんまは、当時、実際に目黒川をのぼってきたさんまである。ヤヒロ・トモヒロ説。3.「もんぺとくわ」というパン屋さんが和歌山に本当にある。新幹線の雑誌で知った。これは、出鱈目フランス語シリーズの一つで「百姓」を意味するものだ。他に「シャセジュセ(射精受精)」「イカジュポンタコハポン(烏賊十本蛸八本)」などがある。この名前をつけたパン屋さん、もしかしたら同類人種かなあ。最近はエレベーターのピンポーンという音まで「へえ〜〜」に聞えるから困ったもんだ。童謡の「シャボン玉」が、実は悲しい歌だというのを皆知っているのは、トリビアに出たからだと納得。新譜「パシフィック・クロッシング」(ユニバーサル)で、ワタクシもこの曲をやっております。乞うご一聴。

名前月怒日。サッカーの中継は、ボールに触った選手の名前を即、言え! 何度言ったら分かるのか。ボールが渡るたびに「**から@@ヘ」と言いなさい。外国での放送はそれをやるから、まったく知らないチームでも、親しみが湧いてきてゲームへの興味が倍増する。「++、##、$$」と名前を続けるだけでも格好いい。それがなんだポンニチのテレビは。「フィーゴからジダンへ!」なんてガキでも分かる。それだけで、相手チームの選手の名前は言えない。「バックスがボールを前線に送った!」だって。馬鹿にするな。ボールに触った選手の名前を全部言え。勉強不足の馬鹿者が。ああ、いらいらする。真夜中のレアル・マドリッドの中継。

網月走日。網走でソロピアノ。網走というとどうしても監獄を連想してしまうのは、ヒット映画「網走番外地」シリーズのせいだ。リアルタイムで見ている人はチャンジイ世代ですね。あのシリーズの一作にスタジオ・ミュージシャンとして参加した記憶がある。ジャズの先輩が音楽をやっていたのだろうか、富樫雅彦も一緒だった。特別な音を求められて、富樫がズボンのベルトでハイハットをひっぱたいたらOKになった。スタジオのスクリーンに画面が映し出され、指揮を見ながら同時に音楽をつけていくという手作業時代だ。この方式で画面を見ながらその場でジャズミュージシャン自身が即興で音をつけたのが、マイルスの「死刑台のエレベーター」ということになる。

網走でのソロは十数年ぶり。その時は、祖父が明治時代の監獄設計をしたという事実を知って、本を書いていたときだったので、博物館になった旧監獄を見学した。ここの設計者は祖父よりすこし後輩の世代になる。昔のそれも監獄がこうして博物館になって残るというのは、大変によい余生と言える。祖父の建てたものは、千葉、奈良は稼働中。金沢のものは門と庁舎の一部が明治村に残されている。これは運がいい方だ。鹿児島は全部壊され、門だけが残ってアリーナの入り口に立っている。問題は長崎で、新刑務所が出来て移転したが、旧建物は維持管理の予算は出ず、競売にしても買手がつかず、取り壊そうにもその費用を出すところが無い、という三重苦。朽ち果てるにまかせて、秘境の遺跡状態だ。これが迎賓館や東京駅だったら少しは騒ぎになるだろうが、正田邸でも壊されちゃうんだから、この問題は難しい。いつも勝負は「官権対旧建物、一気にトリコワして官権の勝ち」ということになる。それも費用があっての話だ。網走のステージで、監獄とのご縁を話し「お互い監獄立国」などと失礼なことを言ったが、笑ってくれたので助かった。

神月社日。年に一度の阿佐谷ジャズストリートにここ数年出演している。阿佐谷に実家がありここで育ったご縁だ。二日間、阿佐谷がジャズ漬けで、店でも道路でも区役所でも一日中シャバドビドゥビヤとなる。こちらのやる場所は神明宮の神楽殿で、薪を燃やしての薪能ジャズは、世界広しと言えどもここしかない。今年のゲストは池田篤(as)。境内満員の中で、気持ち良くアッチャンの音を浴びた。終演後は恒例で焼鳥屋の「鳥正」へ。大阪にいるはずの堀晃さんご夫妻が現れたのにはびっくりした。店の大将のおじいちゃんは亡くなったが、おばあちゃんが元気で、極美味の白菜漬けを出してくれる。モモコ、ナナコ、リリコのキュートなお孫さん三姉妹も登場で、阿佐谷親戚感覚ここに極まった。



「CDジャーナル」2003年12月号掲載
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