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muji . 2003.07 .
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. 山下洋輔の"文字化け日記"
イラストレーション:火取ユーゴ
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紫綬月褒章日。先輩方がもらうものだとばかり思っていたので、こっちに来てびっくり。4年前の芸術選奨と違って、受章業者からのコンタクトが激しい。皇居に行くための服装を整えたり、お祝いのお返しのノウハウなど、多数のジャンルがあるようだ。こちらは拝謁日はNYでお仕事なので、失礼するしかない。後日どこかで受け取るということになるが、まだご連絡はない。発表当日まで人に言うなという掟があったが、一応、息子には電話で知らせた。「月曜日の新聞に名前が出るかもしれないから」と言うと、声を落として「何をしたの」と聞いた。バンドマンの家庭は悲しい!

N月Y日。もとの「スイートベイジル」が「スイートリズム」となって半年。ワールドミュージックなどをやると聞いていたが、ラインナップは相変わらずジャズっぽい。3日間やり、そのあとスタジオでレコーディング。今年の新作は、オリジナル、小学唱歌、平家踊りより、仙波清彦(和太鼓)、藤舎名生(笛)入りの曲、バラードなど、こう書くと取り散らかっているが、NYトリオ結成15周年記念アルバムとして、全部ぶち込んだ総括ワールドを目指した。秋に日本でリリースとプロモツアー。乞うご期待。

松月井日。ヤンキースタジアムへ行く。センターの松井を左翼外野席で間近にみる。試合は負け。TVのヤンキース専門チャンネルでは、「ヤンキース・クラシック」という名場面集を繰り返し流すが、松井はもうその中に入っている。ルーキーが初の地元試合で満塁本塁打を打ったのは史上初めてで、これは永久に語り継がれるのだ。ジータ、ウイリアムスのあとに5番で出てきて、ポサダが続き、さらにそのあとに絶好調のモンデシーがいるという光景はすごいものだ。全盛期のエリントンバンドで、最前列に座ってソロを取りまくるようなものだ。ただし、成績が駄目だと、それはそれ、これはこれで、どんどん落とされる。チームが首位を落ちるようだと戦犯探しがはじまって、やり玉ということもある。


信之月介日。NYに住み始めた高橋信之介が演奏するジャズバーに行く。アッパー・ブロードウエイに面した「クレオパトラズ・ニードル」という店。以前にエルビン・ジョーンズのグループで来日したピアノのエリック・ルイスのトリオで、がんがんにやりまくり、乗りまくりで、大喝采。いやあ、こういう姿をみるのは嬉しい。ワンセットで帰ったが、後で聞いたら、その後、ウィントン・マルサリスとウェス・アンダーソンもやってきて、さらに盛り上がったと言う。いや、すごいことになっているものだ。


巴月里日。恒例の「ジャズ・イン・ジャパン」。今年は、おれたちの他に、「ヤヒロ&ジェラルド・プロジェクト」、「坂田明"mii"」、「塩谷哲トリオ」が出演。出演日前日からフランスのTVチームの密着取材を受ける。会場の日本文化会館の屋上で、パリの景色を背景にロング・インタビュー。アヤシゲな英語でべらべら喋りまくるアヤシイ東洋人のじじいと化した。MEZZOチャンネルで放映されるときには、フランス語の吹き替えだろうと安心していたら、字幕と判明。これはまずいです。


本月番日。八尋知洋、向井滋春、山下洋輔でやる「室内楽団 八向山」で本番。パリは生まれて初めてという向井さんのご挨拶に満場大受け。スペイン語べらべらの八尋君はすぐにマスターしたフランス語で挨拶、これも大受け。演奏も大受けでアンコールを二回やった。終演後のサイン会とレセプションはにぎわった。「愛と悲しみのボレロ」などで高名なメイキャップ・アーティストのレイコ・クルックさんも来てくれている。98年の映画「愛を乞う人」は日本アカデミー賞を何部門も取ったが、主演の原田美枝子さんの老若メイクアップはクルックさんがやった。同じ年におれが音楽をやった今村昌平監督「カンゾー先生」も、音楽を含めて多部門にノミネートされたが、主演男優賞柄本明、助演女優賞麻生久美子以外は、みな持っていかれた。ちなみに最優秀音楽賞は「HANABI」の久石譲。このとき、クルックさんの仕事は注目され、受賞する該当部門がないので「特別賞」に内定していたが、黒沢明監督が亡くなったために、急遽そちらに変更になってしまったという事情がある。次の年にあげ直すわけにはいかないし、そのままということで、実にどうも、巡り合わせというものは微妙だ。
 ドイツからホルスト・ウェーバー夫妻も来ている。このあとケルン、デュッセルドルフとやり、日本に帰る前に、バイエルンの山すそにあるホルスト家を訪ねるつもりだ。彼のブッキングでやった最初のヨーロッパ・ツアーが74年だから、もはや昔話だけで幾晩も過ごせる年月がたっている。


「CDジャーナル」2003年7月号掲載
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