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muji . 2002.01 .
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. 山下洋輔の"文字化け日記"
イラストレーション:火取ユーゴ
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監月獄日  作曲作業の締め切りが間近となり、絶体絶命となったので、自主カンヅメをやる。1年以上前から分かっていることだが、どうしてこうなるのか。夏には岩原ピットインに泊まり込んだりもしたのだが、遅々として進まぬとはこのことだ。立川駅前の大きなホテルに行くつもりで、番号案内で電話番号を聞いたが、名前を間違えたらしく、かかったホテルの様子がどうもおかしい。えい、ままよと、教えられた場所に行くと、そこは裏通りの飲み屋街の外れにある小さなホテルだった。ウィークリー・マンションとビジネスホテルの看板がある。ま、いいや、どうせ牢獄状態を求めてきたのだし部屋代も安いからと、ここに転がり込むことにした。

 部屋はせまいが明るく、壁際の机は長くて広い。なかなか好都合だ。ところが段々様子の変な所が目に付いてきた。風呂場の壁に窓があった形跡があってこれが塗りふさいである。その元の窓はベッドに寝る人間の顔の高さの位置にある。テレビをつけてチャンネルを回すと、金銭投入装置もないのに、いきなり、やーらしビデオが出現してハダカねーちゃんがアエギまくった。部屋には外線につながる電話はなく、これはメール関係などで気を取られることがなくてよいが、思うに、ここは元ラブホですね。ウィークリー・マンションにしたのなら、やーらしビデオはよせばいいと思うが、まだそちら方面のご利用があるということだろうか。

 覚悟を決めてここに4日間いたのだが、 ご報告すると、その間アヤシイ物音や二人連れは目撃されませんでした。はい。どころか、究極の隔絶感があって結構集中でき、夜中に起きてそのままやって気がつくと朝の八時なんていう学生時代以来のお勉強タイムが出現したりした。コンピュータ画面の五線紙に音符を貼り付け、小さなモニター・スピーカーで時々音を確かめながら過す時間の中で、段々とここが洞窟だか天空だか外だか昼だか夜だか分からなくなり、ただただ周りは白い光という時間が出現する。こうなると疲れとか空腹は二の次になっていつまででも続けられる。尿意なども極限まで分からず、急に襲ってくるので、おいおい待ってくれよ、などと言いながら中腰で音符を書き込む。

 ところで、おれの譜面書きソフトはもはや時代遅れで、色々不都合が起きる。しかし、石器時代頭脳のユーザーとしてはこれで続けるしかない。特にペースト関係が駄目で、ペーストした音符をいじりまわすと、必ずこじれてぐじゃぐじゃになってしまう。消したい音符が出てくるが、その場でやると消える時に周りの音符も巻き込むという大惨事が起きる。そういう時にはその小節を拡大し、悪い音符を一つだけ外へ引きずり出し、遠くに連れていってから消し去る。なんだか、皆が知らないうちにそっと教室から呼び出して体育館の裏でヤキを入れる感じだ。あるいは集団の音符の場合は、新しい小節を隣に作り、そこに一時全部の音符を避難させ、良いのと悪いのを選別して作り直し、もとの小節にペーストで戻し、それから、残された音符をすべてその小節もろとも消し去る。何だか自分のために働いてくれた人々をだまして連れ出して金を取って殺すような、非常に悪辣非道なことをしているような気持ちになる。


映月画日  渋谷で行われている「東京国際映画祭」で、前にもここでご紹介した岡本喜八監督の新作「助太刀屋助六」が特別招待作品になっていて、上映前に舞台挨拶をするから来いとのお達しだ。以前にもちょっと触れたが、和太鼓の林英哲が、結局参加してくれることになり大感謝。そこにテーマメロディを吹く横笛の一噌幸弘、ジャズからは金子飛鳥(vn)、竹内直(ts, bcl)、津村和彦(g)、吉野弘志(b)、堀越彰(ds)の面々で和太鼓と横笛とジャズとフリーミュージックで時代劇の音楽をやってしまった。

 舞台には、岡本監督を中心に真田広之、鈴木京香、村田雄浩、岸田今日子という面々が居並ぶ。一番最後にくっついて儀式に参加した。真田さん達がスピーチでわざわざ音楽のことに触れてくれたのには感謝。真田さんの一人殺陣の場面に、和太鼓、横笛入りのフリージャズをくっつけて現代舞踏のようににしてしまったが、何とかなったようだ。

 劇場の側面のバルコニー席で一同揃って映画を見る。のっけから客席が大きく反応して、笑い声がたくさん上がった。よかったあ。最後のエンドロールが始まる。「スタッフロールが終わるまで客が帰らないように音楽で頑張ってください」と言われていたが、幸いだれ一人帰らない。どころか、「監督岡本喜八」と画面に出たところで大拍手が起き、以後の音楽がかき消された。やがて場内が明るくなる。客は皆立ち上がって岡本監督に向かって拍手を続ける。照れ屋の監督、少し涙ぐみながらちょっと手を振ってすぐに去ったが、あのまま手を振り続けたら30分はスタンディングオベーションが続いただろう。一般公開は間もなく。乞うご期待。



「CDジャーナル」2002年01月号掲載
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