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muji . 2001.11 .
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. 山下洋輔の"文字化け日記"
イラストレーション:火取ユーゴ
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8月12日 宮城県七が浜国際村。サックスの平野公崇をゲストにソロとデュオのコンサート。ドビュッシーとライヒを一緒にしたり、純粋即興の組曲など、ジャズ育ちでない新鮮なイマジネーションを堪能。今回はフル・スタッフで皆泊まりなのでひさびさに宴会。長い付合いのウルサイ連中ばかりだが、音響、照明、調律、全員名人だ。音響の新居組は、最近、謎の数字を書き込んだ細長い紙をピアノの八十八鍵にそって設置して作業をする。何をたくらんでいるのか。調律の小林さんはいつものようにピアノの足の接地位置の車輪の角度、ネジの閉め方の強弱にまでこだわる。さらに全開した蓋を支える支柱についている半開用の短い支柱を空中に突き出す。こうした方が響きが良い場合もあるという。そんなもん、知らんがな、わしら。


岩月原日 湯沢の岩原スキー場の「岩原ピットイン」にこもって、作曲合宿。林英哲がベルリン・フィルのメンバーによる室内楽団「シャルーン・アンサンブル」と共演する曲の構想を練る。これは来年2月に初台のオペラシティ・ホールなどで演奏されるが、その前に同じ場所で正月11日に、おれのリサイタルもある。クラシックマン、ジャズマン入り乱れて「超室内楽団」の音楽を目指す。乞うご期待!
 宣伝モードが止まらない。おれの新譜はビッグバンドでニューヨーク録音の「フィールド・オブ・グルーヴス」(10月24日発売・ユニバーサル)だが、これの実演が11月19日、20日に原宿のクエストホールである。どうか、ご来場を! 「岩原ピットイン」のマネジャーでシェフの岡さんのイタリア料理は素晴らしく、温泉と共に連日楽しむ。体重増加防止にエアロバイクを持ち込んでいる。そこらに走り回れる原っぱがいくらでもあるのだが、そういうものではないのよね。



蕎麦月野球日 横浜球場のネット裏席があると言われてはじっとしていられない。誘ってくれたのは横浜ベイスターズの熱狂的ファンの長野市の長谷川書店の若旦那。もちろん蕎麦通。黒姫の「藤岡」に連れて行ってもらったお礼に、葉山の「一色そば」に案内し、そこから横浜に回ることにする。「一色そば」のご亭主浅野さんを知らない蕎麦打ちはモグリだろう。藤岡さんももちろん知っていて、有名な蕎麦好き博士が設計した数少ない石臼を同じ時に使っていたという縁もある。今は浅野さんは別の石臼だが。長谷川氏、蕎麦をすすり「夏なのにこの美味さはただ事ではない」と言う。当然です。「裏の山に住むおばあちゃんが気分が乗ったときに打つ蕎麦が一番美味しい」という長野の人々の究極の切り札セリフを聞かずにすんだ。もっとも長谷川氏は最近は讃岐うどんにこって、月に二度は飛行機で食いに行くという蕎麦人民戦線の裏切り者だ。
 横浜駅からタクシーで球場へ。今日の運チャンは普通だったが、最近は何かとコミュニケーションが激しい人がいる。急に道端に車を止めてトランクから取り出したCDをくれた若者がいた。「女房のギターで私が歌っているんです」。かと思うと「同じドラムでも違うんだよねえ」とウンチクを傾けるおじさんがいる。「ブレイキーは八分音符だけどエルビンは三連なんだよねえ」。これじゃあ、ゆっくり休んでいられないっちゅうの。
 野球は負け。途中からやけ酒でベロベロ。帰りの湘南電車の中でも飲み続け、東京駅でベロベロ解散。ああ面白かった。



釧月路日 釧路。筒井康隆さんとトーク・ショウ。北海道中の青年会議所のメンバーが集まる大会のイベントで「しあわせ」について話せとのこと。「我々にそんなことを語らせるのは、釈迦とキリストに泥棒のやり方を喋らせるのと同じ」などの時限爆弾を含みつつ進行し、時に場内爆笑もあり、筒井さんのハイデッガーの解説もあるという内容。途中、筒井さんがNHK大河ドラマ「北条時宗」に無学祖元の役で出るという話になり、それはしめたとおれが「時宗紀行」のソロを弾く。最後は筒井康隆作「最新版・発明後のパターン」を朗読とピアノで上演。
 これは、ハリソフォド博士がバトデニロをシュワツネがって世界中のマロブラドをトムハンクできると喜んでいると泥棒のシルベスタロンがやってくるという話だ。「それをこちらにブルスウィリしないとこのジーハクマンをケビンコスぞ」と脅かす。「ケビンコスな。それだけはやめてくれ」「アルパチイぞ」「アルパチイのは困る」などなどあり、最後にはとうとう泥棒はシガニウィバってしまう。
 楽屋から評判の釧路ラーメンの店に直行を希望。住宅地の外れにでかいベンツで乗りつけ、若者二人が席を取りに行くというヤクザ状態となった。夜の宴会は、コンベンションホールに3000人。わき返るホワイトノイズの渦に津上研太(as)、堀越彰(ds)と共に乗り込んで暴れた。最後のメンバー紹介の時に、握手攻めから逃れてステージの正面に来ていた筒井さんを、手をとってステージにあげてしまう。大歓声。



「CDジャーナル」2001年11月号掲載
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